漆は、天然のうるしの木などから採れる樹液です。 その語源は「麗し(うるわし)」や「潤む(うるむ)」ともいわれ、昔から人の生活の身近にありました。
その漆を木に塗った器が漆器です。手に取って感じるのは天然素材ならではのあたたか味と安心感。土台が木なのでとても軽く、赤ちゃんから年配の方まで安心して使えます。
漆器は「活きる器」とも呼ばれています。それは使えば使うほど艶が増し、手になじんでいくからです。傷んだ箇所は塗りなおして再生させることもできます。使う人が育てるように大切に長く愛用する―。そんな付き合い方ができるのが漆器です。
木でできている漆器は熱いものを入れても器自体が熱くはならず、熱が手に伝わることはありません。また、木なので口当たりが柔らかく、料理を盛り付けると美味しそうに見えます。生活の中にある漆器は、使う人の心を豊かにしてくれます。
節々のお祝いや畏まった場にもふさわしい、奥深い華やかさが漆器にはあります。 伝統美を受け継ぎながらも、現代・未来まで通じる趣・佇まいがあります。
漆器の代表的な色といえば朱。 品格を湛えた深みのある朱からは、凛とした高級感が漂います。 光の差し込み方により、様々な表情に変化する神秘的な美しさがあります。
漆器は台所用洗剤で洗い、柔らかい布で拭き取るようにします。スポンジやクレンザーは塗装のはがれや傷の原因になるので、避けて下さい。漆器は高くて使うのがもったいないとしまっていては、乾燥して故障の原因となってしまいます。日常で使ってお楽しみ下さい。
岩手県・一関市大東町摺沢。 自然豊かなこの土地に100年以上店舗を構える老舗の漆器店があります。 その店とは「丸三漆器」。 創業は明治37年。初代が岩手県・増澤にて漆技術を習得し、生まれ故郷の摺沢で開業し、現在の社長で四代目を数えます。
初代からの言い伝えは「良い物を造れ」。 その言葉をかたくなに守り、現在も職人の手造りによる、丈夫で美しい「ほんものの漆器」を造り続けているのです。
丸三漆器の特徴は「秀衡塗」。 その発祥は、平安時代後期に岩手県・平泉で栄えた藤原家三代目の秀衡。 秀衡が金色堂造営の際に京都の工人に命じて作らせた椀が「秀衡塗」と伝えられていています。 当時の「秀衡塗」は、藤原黄金文化を彩ったみちのくの金と、岩手県浄法寺の漆で造られていました。 圧倒的に華やかでいて、品を湛えたその佇まいは藤原家の栄華と豊かな文化を反映しているかのようです。
丸三漆器の秀衡塗の土台となるのは、国産の木。 それも、冬に岩手・青森・秋田の山から切り出した栃の木、朴(ほう)の木を使用します。 切り出したままの木は水分が蓄えられているので、割れなど故障の原因になるため、その木をさらに1年〜10年以上、乾燥させて水分を抜くために費やすのです。 丸三漆器では、「木地師」と呼ばれる木地専門の職人が天然丸太から製品の形に仕上げます。ただ木を削って形作るのではなく、漆が映えるよう、使いやすいようにと木地の形や丸み、厚み等を確認しながら仕上げまで丁寧に作りこんでいきます。
秀衡塗の大きな特徴は金。丸三漆器の金箔は品質の良い金沢の金を使用しています。その金箔を裁断し、漆が乾く前に貼り付けます。金箔を貼り付けることができる時間は1時間〜30分ととても短く、熟練の技術と集中力が必要です。これは岩手県だけの技術で、丸三漆器では30年〜40年以上のベテラン職人が担当します。
日本は古来から漆の文化があり、なおかつ日本の漆は純度が高く高品質を誇っていました。しかし、伐採が進み現在では国内で使用される漆は中国からの輸入が98〜99%、残り1〜2%が国内産です。その内60%が岩手県・浄法寺町で生産されています。丸三漆器では現在、岩手県の漆と中国産をブレンドして使用しているます。
「1000年近く続く岩手の漆文化を守り、末来につなげたい。そのためには伝統を大切にしながらも現状を受け入れ、新しい価値観を創造することも必要だ。」と丸三漆器の現社長・青柳一郎さん。
最近の人気商品「漆グラス」を考案したのも青柳さんです。「漆が売れないのはなぜだろう?」と悩み考えた結果、「厚みのある漆器をすっきりとしたグラスに変えたらどうだろう」というアイディアが生まれ、ワイングラスに漆を塗る、という画期的な商品が誕生したのです。 「漆は高くて使うのがもったいないと閉まっていたままでは、乾燥して故障の原因となってしまう。普通に使ってもらうのが一番良いんです」と青柳さん。 いにしえから続く伝統を継承しながら現代のニーズに柔軟に対応し、末来へと伝えていく。漆器の文化は、その時代その時代の漆に魅せられた人の想いによってつながっていく文化なのです。
「秀衡塗」の工程は15以上にも及び、どれひとつとっても熟練の技と集中力が必要とされます。木地作りから仕上げまで平均で2ヶ月〜3ヶ月、という大変時間と手間を要する作業なのです。
冬に岩手・青森・秋田の山から切り出した栃の木、朴(ほう)の木等の天然丸太を木地師が器の形に整えます。漆が映えるよう、使いやすいように丹念に仕上げていきます。
作りこんだ木地にまず行うのは、丹念に生漆を塗りこむ「木地固め」。次に防水性を高め変形を防ぎ強度を保つように、木地の薄い部分や磨耗が大きい部分などに糊漆で麻布や綿布を貼ります。さらに表面を平らにするため漆と土、時には糊を混ぜ合わせたもので「錆」を作り、それを塗っては乾燥、研磨を繰り返します。 この過程で、木地の年輪によって痩せが生じることがあり、時に1年以上も涸らす時間に費やします。最後に下地を堅牢にするため、生漆を表面に吸い込ませて再度研磨を行い、下地作りが完了します。
下地が完了した後は、「下塗り」を行います。均一に漆が伸びるように注意しながら、刷毛を様々な方向に動かし、全体に下塗り漆を薄く塗っていきます。「下塗り」後は「中塗り」を行い、それぞれに漆を乾燥させて研磨します。研磨することによって塗幕の凹凸が消え、仕上がりがより美しく、重ねて塗った漆の密着性も良くなるのです。 その後漆器の表面になる仕上げの「上塗り」を行います。ここは、もっとも気を遣う作業。作業はチリや埃のない密閉された部屋で行い、丹念にろ過した漆を使って仕上げます。
まず、「置目」といって和紙に描いた下絵から漆器に文様を写し取ります。次に金箔を施すところを朱塗りで塗りつぶす「雲地描き」を行います。「雲地描き」が終った漆器は漆が半乾きになったら金箔を貼りつけます。金箔は一度貼ると取れないので神経を使う、とっても繊細な作業なのです。 さらに、朱塗等、顔料を混ぜた漆で文様を描く「上絵付」を行います。この時点で下絵は消えてしまっているため「上絵付」は職人の経験とセンスが問われる工程です。
最後に生漆を金箔部分に刷り込み、漆の皮膜を作る「箔止め」を行います。これにより、金箔の磨耗を防ぎ、鮮やかな色合いが生まれます。 漆器の完成度を左右する条件として、乾燥時の適度な温度・湿度が必要です。その設定は、漆を熟知した職人の長年の経験に全てかかっているといっても過言ではありません。